中古車輸出業の実務講座

ご案内

 

横浜貿易株式会社 事業内容のご案内

 

自動車、中古車および中古トラック、建設機械などの輸出
自動車、中古車の輸出は、当社の主軸となるビジネスです。横浜貿易株式会社では、まだ日本国内にある中古車の輸出がめずらしかった頃から既に中古車、中古トラックなどの輸出流通事業を展開してきました。創業以来、「中古車」を主たる取扱商材にして事業を進めて参りました。初年度わずか100台ぐらいだった年間取扱台数も、スピードメーターの巻戻しをしない、輸出する中古車には距離証明書を発行するなど海外のお客様のためのサービスを充実させることにより、おかげさまで自動車の輸出業界にて高い信頼と実績を築き上げて参りました。

国内のお客様でも、転勤、留学、永住などにより愛車を相手先の国々に輸出しなければならないなどの際には、下記のお申込みフォームより横浜貿易株式会社までご用命下さい。

名前
住所
電話番号
FAX番号
E-mail
 
車種名
年式
輸出先国名
港名
内容
 

自動車、中古車および中古トラック、建設機械などの国内販売
横浜貿易株式会社の主軸となるビジネスは自動車、中古車などの輸出です。輸出する自動車の仕入先として、横浜貿易株式会社では国内のほとんど全ての自動車業者専門オークションに会員として参加しています。その自動車オークションの会員権を利用して、海外のお客様だけでなく、国内のお客様に対しても良質な自動車を数多くリーズナブルに提供しています。そのため国内のお客様にも大変喜ばれています。輸出をする予定はないけれど、国内で使用する自動車をお探しのお客様もぜひ横浜貿易株式会社までご用命下さい。

横浜貿易株式会社の国内向け自動車販売サービス

  • オークション購入代行
  • オークション出品代行
  • 自動車の輸出登録
  • 自動車の輸出査定
  • 自動車のWEBデザイン制作
  • 横浜貿易株式会社の各種サービス

  • 別冊 横浜ライフ 新創刊!!
  • 横浜貿易 社長が全国紙上で紹介!

    【好機!】中古車輸出ノウハウ公開
    この5年間で倍増の年間100万台市場と急成長中の中古車輸出業界。1988年、まだ市場も15万程度だった当時に参入を果たした。いまや業界でも草分け的な存在だ。「自動車輸出をちゃんとしたビジネスにしたい」。一つの信念を経営に貫き通す。
    「中古車輸出はもうかるらしいですよ」。知り合いの自動車ディーラーの一言に、ピンとくるものがあった。参入後やがて分かったのは「スクラップ同然の車を “メ イド・イン・ジャパン”の高品質車と称し、高値で売りさばく不届き者がいる」という実態。その多くは輸出国から買い付けに来た外国人だった。
    「このままだと高性能を誇る日本車のイメージが悪くなる。日本人が肩身の狭い思いで日本製中古車を売る羽目になる」“憂国”にも似た優しい感情に突き動かされ、取引の正常化の旗振り役となった。
    まずは優良業者のネットワーク形成と中古車輸出業の認知度アップなどを狙い、業界全体の設立に参画。96年、日本中古車輸出業協同組合を誕生させた。設立当初から理事を務め、英国などの新市場開拓や盗難車、違法改造車など不正輸出の撲滅に力を注ぐ。
    次に挑んだのが人材育成だ。独自の通信教育「中古車輸出業の実務講座」を99年に始めた。ビデオなども含めた豊富なテキスト類はすべて手作り。中古車輸出のノウハウを余すところなく公開した。 当初、誰もが秘密にしておきたい商売の手の内を明かすことに「あいつはおかしいのか?」と冷ややかな同業者も多かった。しかし、「世界中どこに行っても勝負でき、高い志を持った輸出商を育てたい。それが業界の発展にもつながる」と意に介さなかった。最近は「簡単に独立開業!ウハウハもうかる」などと触れ込んだセミナーや通信教育も増えてきたが、「決して甘い世界じゃない」と“厳しさ”も包み隠さず教える。
    これまで市場の伸びにも踊らされず、堅実経営に徹してきたつらい経験があるからだ。
    かつては海産物問屋、飲食店チェーンなどと幅広い事業に手を出していたが、急激な拡大で資金繰りが悪化、社員の横領などの不運も重なり、倒産の憂き目にあった。「手形の一部が暴力団関係者に回り、自宅や両親の家までも失った。組事務所に監禁されたこともある」。中古車輸出は“倒産地獄”からの再起をかけた事業だった。
    やっと分かったことがある
    「“社会貢献欲”が“私欲”を超えた時、ビジネスも自然に成長していく」と。

    (中山忠夫)
    三橋・宣男
    みつはし・のぶお
    慶大商卒。海産物商などの事業で一時は年商38億円に達したが1987年倒産。翌年に中古車輸出業を始め、90年に法人化。通信教育はこれまで600人以上が受講。電話でのアフターフォローにも定評がある。中には5年以上、面倒を見続けている教え子も。